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紅茶の世界へようこそ

紅茶歴史ギャラリー

紅茶の歴史

美味しい紅茶を味わいながら、紅茶の歴史を学んで、更に深く味わってくださいね!

英国の歴史は紅茶の歴史!

紅茶は中国で誕生し、イギリス人がこよなく愛したからこそ、世界中に広がりました。
貴重品だった紅茶を獲得するのに、アヘン戦争と独立戦争が起こり、インドやスリランカが開拓されました。アッサム種という新しい木も発見されました。
イギリス人こそが今私達が飲んでいる形の紅茶を作り出したのです。
紅茶が歴史を動かした!?

中国茶が英国紅茶ルーツ!

265年インドから茶苗を持ち帰り、その後お茶の飲み方が生まれます。紅茶の発祥の地は中国といわれています。最初ヨーロッパへ伝わったのは緑茶でした。
大変高価なもので上流階級の人しか楽しめなかったのです。その後、イギリスの硬水には、緑茶は合わず、発酵したウーロン茶よりも、やや発酵の強いお茶が飲まれ始めました。
そんな中、1823年R・ブルース少佐がインドでアッサム種を発見。試行錯誤を重ね、大規模な茶葉の栽培が開始され、安定した紅茶が作られる様になります。アッサムの地で作られた英国式紅茶こそが現代の紅茶の始まりなのです。

王侯貴族により紅茶の習慣が誕生!

イギリスの王侯貴族は当時のファッションリーダーでした。紅茶の流行も宮廷の中から始まりました。初めてイギリス宮廷に茶を持ち込んだのは、ポルトガル王の娘キャサリン。1662年チャールズ二世の下に嫁ぐ時、初めて茶器一式を持参し緑茶を紹介。他にも初めて砂糖を持ち込み、お茶に砂糖を入れる贅沢な習慣を作りました。
その後、アン女王のころから紅茶が飲まれるようになります。朝食には必ず紅茶を飲み、彼女はウィンザー城に茶室を作らせました。早朝にはアーリーモーニングティー、朝食にはブレックファーストティー、洋服を着替える時はイレブンジスティー、お昼にランチティー、午後にはアフタヌーンティー、寝る前にナイトキャップティーと称して、紅茶三昧の毎日を楽しみました。

アフタヌーンティーとアンナマリア

アフタヌーンティーは、アンナマリアによって作られた風習です。当時は朝と夜の2食しか取らなかったのです。午後お腹がすくので、紅茶とお菓子を楽しむことを思いつき、それが宮廷内で大流行。客をもてなす習慣として後々伝わっていきます。

紅茶はイギリスで愛され世界に!

貴族から庶民へ広がった要因のひとつに広告の力があります。当時男性の社交の場としてコーヒーハウスが流行っていました。貴族や証人が集まり、政治や哲学の議論が交わされました。
イギリスで始めて茶を販売したのがギャラウェイコーヒーハウスです。広告に茶の効能を書き、宣伝しましたが、まだ高価だったため、庶民には広まりませんでした。
その後、誰でも紅茶を飲めるよう広めたのが、小さな食料品店を営むトーマス・リプトンです。彼は輸入業者から直接仕入れ、格安での販売に大成功。「紅茶園から直接ティーポットへ」と言う名コピーで世界の紅茶王となります。

ティーレースの熱い戦い!

更に紅茶への関心を高めたのが、ティークリッパーです。茶を運ぶ快速船のことで、運搬時間が短いほど高値で売れた紅茶。どの船が早くイギリスに着くか、当時の人はその賭けに夢中になっていたそうです。中でも有名なのが、帆船の「カティーサーク号」。今、幻のティークリッパーとしてグリニッジに展示されています。

紅茶が引き起こした2つの戦争

七年戦争によりイギリス政府は、財政難となり、植民地のアメリカに紅茶への高い関税をかけるなどしました。1773年その反発で、ボストン茶会事件(ティーパーティー)が起こり、独立戦争のきっかけとなりました。

イギリスは中国から銀で紅茶を購入していました。銀で払えなくなると、インドで生産されるアヘンを中国に売りつけ始めました。その後中国では、アヘンを取り締まるようになり、アヘン戦争が起こりました。

紅茶年表
地域 出来事
B.C.2737 中国 雲南省を中心とする広い地域に茶の原産が見つかる
265 中国 仏教徒がインドから茶苗、7株を持ち帰り四川省の山に植える
760 中国 中国の陸羽が「茶経」を著す
805
806
日本 最澄が唐から茶の種を持ち帰る
日本で初めて茶の栽培が近江で始まる
1214 日本 栄西が茶に関する最初の文献「喫茶養成記」を著す
1516 マカオ ポルトガル人がマカオで始めて茶の存在を知る
1559 イタリア イタリアのラムージオが中国での茶の習慣を旅行記に記す
1598 オランダ オランダ東インド会社によって始めて茶がヨーロッパに送られる
1610 中国 オランダ人が始めて日本茶を本国に送った
1651 英国 茶のイギリスへの輸入
1650 英国 コーヒーハウスがオックスフォードに初めて出来る
1659 英国 イギリスで始めて「ボーヒ茶」が発売
1660 英国 茶税の賦課によるにせ茶の横行
1662 英国 キャサリン皇女の輿入による紅茶の習慣
1662 英国 イギリス人が独自にジャワから茶を輸入
1685 中国 茶の輸出禁止の解禁
1688 英国 メアリ王女がオランダより東洋趣味茶道具を持ちこむ
1702 英国 イギリスの輸入緑茶84%、紅茶ボヘア16%
1717 英国 トーマス・トワイニングが女性が入れる始めてのコーヒーハウス「ゴールデン・ライオン」をスタート
茶やコーヒーの小売がヒットし、家庭にも喫茶の習慣が定着する
1721 英国 イギリス東インド会社が中国からの茶の輸入を独占する
1727 英国 ジャマイカにおけるココア農園が壊滅、コーヒーへ転換
1738 日本 蒸し茶製法が宇治で始まる
1760 英国 茶の代金を銀の代わりにアヘンで支払う
1765 米国 イギリス東インド会社がアメリカに対して「茶条例」を発布する
1773 米国 ボストン茶会事件
1773 インド アヘンの専売権をムガル皇帝よりイギリスが奪う
1776 米国 アメリカ独立
1784 英国 茶税の減税により紅茶の流行
1786 中国 工夫紅茶・祁門紅茶の始まり
1791 ロシア 大黒屋光太夫がエカテリーナ女帝の茶会に招待される
1823 アッサム イギリスのロバート・ブルース少佐がインドのアッサムにて野生の茶樹の発見する
1833 オランダ ティークリッパーが開始する
オランダのアムステルダムで初めてのティーオークションが開催される
1835 アッサム アッサムにて茶の栽培開始
1839 アッサム 最初のアッサム茶がロンドンに送られる
アヘン戦争が勃発
1840 英国 アヘン戦争により中国を植民地化
1841 セイロン アッサム種をセイロン島のキャンディーに植える セイロンで初めて茶樹が栽培される
1847 インド ダージリンにおける紅茶生産開始
1851 中国 ジャスミン茶の製造始まる
1861 インド インドのカルカッタでティーオークションを開催する
1851 中国 安渓鉄観音茶(ウ-ロン茶)製造始まる
1866 セイロン ジェームス・テーラーがセイロンで茶園を作る
1869 エジプト スエズ運河の開通によりアジアへの道の短縮化
1869 英国 カティサーク号の進水
1870 インドネシア インドネシアにおける紅茶生産開始
1875 日本 多田元吉ら2名が日本に紅茶を広めるため、インドやセイロン島に派遣される
1883 セイロン セイロン島のコロンボにティーオークションが設置される
1887 日本 公式に日本に紅茶の輸入が始まる
1887 セイロン 珈琲農園の滅亡とキャンディにおける紅茶製造開始
1890 英国 トーマス・リプトンがセイロン島の茶園を買収し、紅茶業界へ参入
「紅茶園から直接ティーポットへ」と言う広告が有名に
1903 ケニア ケニアにおける紅茶生産開始
1906 日本 リプトンの日本への輸入始まる
1927 日本 台湾で三井(日東紅茶)による紅茶生産の始まり
1932 インド CTC機械の生産開始
1956 ジャマイカ 東アフリカのジャマイカでティーオークションが開催
1961 日本 コンスタンタティーバッグ機械が日本に入る
1972 日本 紅茶輸入自由化
 

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