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グゥード代表 私 浅沼丈二は兄 聡とともに、レンタルレコード店を立ち上げ、事業を順調に拡大してきました。創業した明響社は、2000年ジャスダック市場に上場(2006年より株式会社NESTAGEに社名変更)。上場前のビジネス一辺倒の多忙な毎日の中、転機となったのが、1995年の阪神大震災でした。
住んでいた場所から大阪の会社へ通うことができなくなり、引越しを余儀なくされ、選んだのが偶然、ペット可のマンションでした。震災でできた心の傷を癒すべく、わたしたちは一匹のゴールデンレトリーバーを飼いはじめました。それがハナです。
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1996年2月。近所の動物病院でゴールデンの子犬が産まれたという張り紙を見つけ、「かわいい!」その一心で共に暮らし始めたハナ。
暮らし始めたものの、それまで室内で犬を飼う暮らしはしたことがなく、どのように接したらいいか戸惑うことばかりでした。
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やんちゃで手を焼きました。思い出すのは、ハナがかじってしまい、家中の敷居がなくなってしまったこと。わたしが普段はいていたズボンは、ハナがまとわりついてかじるため、裾(すそ)がすべてびりびりになっていました。
その後、「犬を誉めて育てる」訓練に出会い、しつけからハナとの本当の暮らしが始まりました。毎日のように、リーダーと認めさせるためにハナに馬乗りになったり、いろいろやっていましたね。 |
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ハナを引き取るときにブリーダーさんから聞いた言葉は「この子は、パンを食べると下痢するんですわ」。犬のことを何も知らない当時の私は、「犬ってパンを食べると下痢をするのか」と単純に思い込んでいました。
ハナが1歳のころ、異変が起こります。痒みが現れてきたのです。体中を掻きむしるハナの姿に当惑し、掻いてはいけないと怒る日々。
2歳の写真では顔の赤みがひどいことがわかります。 掻きすぎて血が出るような状態が続き、獣医通いをしてもなかなか改善の様子はありませんでした。
いろいろな治療を試しました。ステロイドを塗りこむと2,3日は状態はよくなるように見えますが、一時的なかゆみが止まることだけ。しかもステロイドは、ハナの内臓に大きな負担をかける可能性があったため、時々しか処方できません。 |
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フードもさまざまなものを試しました。一度試した処方食では体中の毛がほとんど抜けてしまい、尻尾はまるで縄のようになってしまったことも。 直視できないほどの不憫さに写真を撮る事もできませんでした。
その後、検査を重ねた結果、ハナの場合は、原因はどうやら穀類にあるということがわかってきました。
それまで試したフードは、処方食も含め、穀類を原料としているのですから、フードをいくら変えたところで症状が治まらなかったのも納得です。
加えて、ハナが育ち盛りの離乳食の直後に、言われるがままに与えていたドッグフードが実は、ダイエットを主眼としたもので、栄養素が仔犬には足りなかったこともわかりました。
食事に対しての無知を反省し、それならば穀類を含まない食事を自分たちの手で作ってあげよう。そう考えました。
海外の文献を読み漁り、(当時は、インターネット上でも日本語での犬の栄養に関する情報はほとんどありませんでした。)たどりついたのが、ローフード<生食>でした。 ローフードの考え方は、「犬の祖先といわれているオオカミは肉食動物。生肉を食べて消化吸収するように身体ができている」というもの。犬にとって本来の食事に立ち返ろうというのが、肉も野菜も生で与えるローフードの基本です。 その後さっそく、生食を実践するようになりました。
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ローフード<生食>を普段の食事に変えてからというもの、ハナの症状は驚くほど軽くなりました。
その話を聞きつけた愛犬仲間から「私たちも試してみたい」と話題になりました。 毎日ローフード<生食>を手作りをするのは、手間もお金もかかります。また栄養のバランスも不安になります。 | 市販の生食は、当時海外のものしかなく、使い勝手がよくない、安定供給がないというところがネックでした。
「それならば、みんなが手軽で簡単にローフード<生食>を実践できるようなかたちを開発しよう」と決意したのです。
2003年から約2年間、獣医師などの専門家に協力を仰ぎながら試行錯誤を重ね、我が家の犬たちに試作品を与えながら、ついに開発にこぎつけました。


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