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“農薬やめ苦闘の10年”とあります。昭和50年の北海道新聞にとりあげられた先代の頃の蝦夷農園です。先代は明治30,31年熊本県から北海道に入植した屯田兵の3代目。『祖父が残した豊かな土地がこの20年間でミミズも住めない死の耕地になってしまった。この死んだ畑の半分でも生き返らせ子孫に残していきたい…』と北の大地で農薬・化学肥料をいっさい使わない有機農業を始めたのは昭和36年から。当時、農村地帯では全国的に農薬を飲んでの自殺や事故が相次ぎ農薬の管理が問題になっていました。実際に近所で起こった農薬服毒自殺未遂事件が引き金となって、蝦夷農園は有機農業を始めます。公害や環境汚染、残留農薬といった言葉もない時代でした。 有機農業への第一歩は、農薬・化学肥料で衰えた地力の回復-土作りでした。
除草した雑草は畑にそのまま寝かせ、バクテリア、菌類を育て土に還元し、地力培養に役立てます。玉葱の収穫後はえん麦をまき雪が降るまでに30〜40センチに伸びたえん麦をそのまま越冬させ肥料にします。春耕の前に山林から落ち葉を拾い畑にすきこむのです。この作業を毎年繰り返しました。 |